小説家・真山仁さんインタビュー【第2回】農業は「弱い産業」なのか

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真山仁さんのインタビュー第2回。真山さんは、本当に農業は守られなければいけないのか、と疑問を投げかけます。

 

農業は、誤解されている

 

――第1回インタビューで、『黙示』を書かれた動機の一つとして農薬に対する根源的な疑問を挙げられました。この他にも『黙示』を書かれた理由があるのでしょうか。

 

 これまで私は、小説を書く時のテーマには、一般に誤解されたイメージが先行している業界を選んできました。

 たとえば『ハゲタカ』で取り上げた外資系のファンドです。外資系のファンドは日本の企業を食い物にして、我が国の経済をダメにしたと言われています。しかし最初にダメにしたのは実は日本の企業や経営者であり、それ好機とみて、日本の資産を奪い去ったのが外資です。もっとも、彼らのおかげで経済はどん底を脱して、古い日本的体質から脱する必要に迫られました。

 またエネルギー問題も、私たちは「日本には資源がない」と知っているはずなのに、実際には電気もガスも何も気にせずに使っています。なければお金を出して買えばいいだけと、危機感もなく自分たちの国にないものを大量に消費している状況はおかしいのではないか、というところから『マグマ』や『ベイジン』が生まれました。

 

画像(真山さん2)

 

 では農業はどうでしょうか。

 多くの人は農業、農家=弱者に位置付けています。これは教育のせいかもしれません。小学校の社会科で農業をはじめとする第一次産業は高齢化となり人手不足が続く衰退産業だと教わりますから。その結果、弱者なので、補助金を出し、海外の圧力から守らなければならいと思っている。

 農業を考える時に、戦後直後の焼け野原の状態で、日本人が飢えないために政府が何をすべきだったのかを思い出すことがまず重要です。その当時は、とにかく食糧確保が最優先課題でした。だからこそ、農家を支援し、国民の渇望を癒してもらいたかった。

 同時に自国民の食糧を自国で賄うという安全保障的な視点もありました。

 国が農業を重視するのは当然でした。それは今でも変わりません。

 その際、一つだけ農業について重要な認識が失われてしまいました。

 すなわち、農業も産業であるという発想です。

 産業とは、自由競争と市場経済の中で成長します。時に政府の支援を必要とすることはありますが、それは新規プロジェクトへのシフトをサポートするためだったり、新規参入者の障壁を軽減するためです。

 ところが農業には、こうした産業としての発想がほぼありませんでした。

 その結果、実際は農業を本業としない兼業農家までも守り続け、質より量を重視してしまい、結果として国の支援がなければ存続できない脆弱な体質となってしまいました。

 それでも、常に質と経済的合理性を求めた先進専業農家の活躍もあって、狭い国土に1億2000万人の日本人がいて、その主食であるコメは国内で賄っている。これは単位面積当たりの収穫高を上げる努力の賜です。

 さらには、商品作物の高品質低価格への努力も素晴らしい。

 にもかかわらず、農業は産業的発想をしないので、例えば高品質作物ができても、価格調整のために収穫物の一部は畑で潰してしまって集荷をしないということを続けてきました。

 普通の産業なら、「なぜ輸出しない」という思考が農業では起きなかったのです。

 しかし、時代は変わりました。生鮮食料品を瞬間冷凍する技術の革新、さらには東アジア諸国が豊かになったことで、遠く欧米まで農産物を運ぶ必要もなくなってきました。

 農業の素晴らしい業績をみると、製造業も金融もダメになった今の日本の経済のなかで、「農業こそが日本を救う最後の成長産業」なる可能性が高いと私は考えています。

 現在の日本の閉塞感を打開するには、農業で結果を出している人が柱になって世界に打って出て、農業が成長産業になることが大切だと思います。

 農業は本当に弱者なのか、そこからこの『黙示』は生まれました。