小説家・真山仁さんインタビュー【第3回】農業が、産業として強くなるために

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真山さんのインタビュー最終回。長らく協同組合や行政によって守られてきた農業が、「産業」として成長するための可能性はどこにあるのか。真山さんと弊社代表左今が意見を交わしました。

 

産業として強くなるために(1)輸出の可能性

 

——これまで農業は守られてきました。それは主に農協や農水省によってだったと思うのですが、一昨年、農協改革案が成立しました。この改革案は、そのような農業にまつわる構図を変化させうると思いますか?

 

 どれだけ政府が本気で改革しようとしているかは分かりません。

 ただ一つだけ大きな成果があるとすると、アンタッチャブルだった農協にメスが入ったことだと思います。

 

——TPPの交渉成立はいかがでしょうか。こちらは、守りから攻めへの転換という点で農業の構造を変えうると思われますか。

 

 TPPはアメリカの動きで先行きが怪しくなってしまいました。

 ただ、本気で農業をやっている農家は、TPPは大きなチャンスだと考えていると思いますよ。これで農業も自由競争が可能になり、日本からも関税障壁なく農産物を輸出できるようになるわけですから。

 

——輸出で強くなるためにはどうすればいいでしょうか。

 

 まずは農業が産業であるという頭の切り替えを、政府、農業団体、農家がすることです。

 日本は貿易大国なんです。輸出に成功する方法はいくらでも経験値で持っています。

 時間が懸かるかも知れませんが、一農家では難しいと諦めてはなりません。実際に農産物は香港や台湾、シンガポールなどに輸出されています。

 突破口は、和食レストランですね。和食が徐々に非日本人の個人宅にも広がっています。その最大の理由は、食の安全性が高いからです。

 各国の検疫の問題など「壁」はありますが、それも輸出先にファンを作ることで次々と突破口を空けています。各国を訪れ、あるいはバイヤーを国内に招くなどして、和食の「味見」をしてもらったり、食べ方やおいしい料理のレシピを提供するなどの工夫を考えて成功しています。

 もう一つ、中国などで農産物ではなく、日本の農家に中国国内にきてもらい、農業を指導して欲しいというニーズが高まっています。中国は日本の農産物の輸入を警戒して障壁が高いのですが、「農家の輸入は大歓迎」と聞いたことがあります。

 

産業として強くなるために(2)スタートアップの可能性

 

 もう一つ外国の例として、イギリスの小麦の話をしましょう。イギリスの小麦はとてもまずく安いものしかなかったそうです。ある時政府が小麦を国際競争力のある商品へと引き上げるために、農家に対して、「美味しい小麦を作ったら補助金を出す」「でも期限は5年間とする」という政策をとったそうです。

 これはつまりどういうことかというと、スタートアップ(新規領域を開拓したベンチャー)企業は、最初は経営が不安定なので国も支援しましょう、しかしずっと支援はできない、成果を上げて一人立ちしなさい、という考えですね。

 日本の農業でも政府はそうした支援をもっと積極的にやるべきです。そうすると若い人も入りやすくなるし、本物が強くなる。

 

——弊社代表 左今:そこに関連して質問なのですが、スタートアップのさせ方でどうするのがよいのかについて真山さんは意見お持ちですか?

 

 農業のリスクは、失敗すると一年間収入がないということです。

 だから、いきなり農業経営者(農家)として一人立ちするのではなく、まずは「修業する」環境作りではないでしょうか。 たとえば一つは大きな農場が従業員として雇うという方法があると思います。それにより失敗しても最低限の収入は保障するというセーフティネットを敷くことができます。

 農業は個人事業主ですから、経験値のない人が参入することのリスクはとても大きい。プロの農家でも失敗するような病気や天候被害があった場合には、新しく始めた人は全然勝ち目がないわけです。

 だから、最初は働きながら学ぶという仕組み、法人という枠組みのなかで、農業を教えてくれる師匠を持ちながらお金をもらえるという仕組みを作ってあげたら、若い人の参加はかなり増えると思います。

 

——左今:もう一つ、農業生産のスタートアップ支援で今、5年間で200万円くらい出しますという仕組みがあるのですが、このような形態についてはどのように考えられますか?

 

 その200万円は保障だと思いますが、まず、200万円で暮らせる若者がいるのか、さらに技術を教えてくれる人がいるのか、この二点を疑問に感じました。

 5年間あれば収穫はできるようになるかとは思いますが、商品にならなければしょうがない。

 お隣と自分と同じ種を使っているのに、どうしてこんなに収穫量が違うのかとなった時に、そこで新規参入したよそ者に教えてくれる隣の人はなかなかいないんです。

 そのような点を考えると、法人で新規就農者を雇用するというあり方を考えたほうが、いろいろな人が入りやすいと思います。

 

——左今:なるほど。もう一点、私自身スタートアップの起業家としてこの支援方法について危惧するのは、そこに危機感がない気がすることです。

 ITだとお金集めて事業開始して、失敗すると追いかけられるか経営失敗者として自分の名前が業界に残されます。ただ農業の場合だと、200万円5年間もらってすっぱり辞めて次に移ることもできる。

 どのようにしたら、農業生産関連のスタートアップで危機感持ってもらうことができると思われますか。

 

 危機感がないのは、農業のスタートアップを狙う人で、本気で農業に人生を賭けるという人が少ないからではないでしょうか(笑い)。ちょっと興味があって、とにかく農業をやれば、200万円が支給されるならやろうという甘えがあると思いますね。

 そもそも成果も上げない人に、いきなり5年間も収入を保証するなんてありません。

 ITなど他業種の起業家は、皆、その業界で大なり小なり努力し研鑽を積んで、自分が思い描く業界のトップになって成功したいと切望しています。起業家が必死になるのは、全財産と人生をビジネスに賭けるからです。そういう意味では、200万円の支援は、「農業は弱者だから、農業をやりたいという奇特な若者にご褒美をあげよう」という従前の発想と同じなのではないでしょうか。産業を強くしたければ、まずは厳しさを徹底することだと思います。

 

 これまで「農業は守られるべき存在だ」という発想がありましたが、農水省の担当は生産者しか見ていませんでした。TPPは大変だといいますが、農業の生産者は日本の人口の一部で、それより遥かに大勢の消費者がいるわけです。その消費者たちがなぜ自分たちが物を安く買えるようになるTPPに反対するのか。多くの農業関係者がその点を無視して、TPP反対と主張しました。

 私は今の農業は、ガラパゴス状態の農産物ばかり作り、消費者にちゃんと向き合っていないと感じています。本当にまだまだ賢いマーケティングのやり方はいろいろあると思っています。

 


 

 今回のインタビューでは、ミツバチのお話に始まり、歴史のなかで形成された農政の構造、これからの農業の可能性について、日本の農業を俯瞰した多岐に渡るお話をしてくださりました。

 本記事が、農業と食について新しい思考の刺激やきっかけになりましたら嬉しく思います。

 

『黙示』に関する真山さんの記事や発言は、以下よりお読みいただけます。

『黙示』刊行記念インタビュー:『黙示』で描いた、日本の食と農業の未来。正しさとは何かー

作品に込められた思いをとても丁寧な言葉で語られています。ぜひお読みください。

真山仁出張授業 in 灘中・高等学校

『黙示』を題材に、真山さんと中高生による4時間に渡る議論がまとめられた読み応えのある記事です。 

プライド文庫書影

 また、「ミツバチの消えた夏」他、期限切れ食品の偽装問題に迫る「プライド」、農水省の輸出政策と事業仕分け人との闘いを描いた「一俵の重み」、計6作品が収録された短編作品集『プライド』もぜひ合わせてお読みください。

 『黙示』の物語のさらに深い背景を知って頂くことができます。

 

 真山さん、ありがとうございました。