地域のモノなんでも売ります【合同会社SOZO代表・吉岡隆幸さん】

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今回のインタビューのゲストは、合同会社SOZO代表の吉岡隆幸さんです。

まずは、吉岡さんのプロフィールをご紹介します。

 

 埼玉県さいたま市在住。34歳。

 大学では社会福祉を専攻。卒業後旅行会社に就職しバリアフリー旅行の専属スタッフとしてバリアフリーツアーの企画・手配・添乗を務める。4年間勤務後、千葉県九十九里浜へ移住し、地域と農業の活性化を目指して活動に尽力。

 2012年合同会社SOZOを設立。「私たちの未来のために、明日を想像して創造するアクションを起こすこと」をミッションに掲げて、地域活性化に関わるコンサルタント業務や販路開拓を行っている。農林水産省6次産業化中央プランナーとしても活動中。

 「家族も自分の仕事を他の人に説明できない」とご自身でおっしゃっていた通り、吉岡さんのお仕事は内容が多岐に渡っており一言では言い表しにくいのですが、インタビューの中ではご自身の会社を「地域商社」という言葉で表現されていました。それは、地域の「物」あるいは物語や体験等の「コト」を見つけて、商品化して、流通させるということ。

(編注:以下では物とコトの二つをまとめてモノと呼びます)

 お仕事の対象となる地域は、会社がある千葉県山武郡横芝光町はもちろん、北海道から沖縄までに広がるそうです。

 

マッシュ

 

 例えば、岩手県八幡平でされたお仕事は「馬ふんを利用したビジネス」の設計。

 もともと馬乗りの方から、引退馬の殺処分をしたくないから彼らを利用した事業を作りたい、との相談があったそうです。相談者との試行錯誤の結果行き着いたのが、馬ふん堆肥を使ったマッシュルームの生産販売でした。

 このプロジェクトでは、おもに販路開拓をなされています。

 

萩

 

 一方、こちらは山口県萩市の例。

 萩市役所商工課より、地域加工品のブランディングを依頼されたそうです。

 業務内容はコンセプト設計とパンフレット製作。

 この際は「萩のおくりもの」というコンセプトの下、商品だけでなく作り手の存在を大きくフォーカスすることで、実際に土地を訪れないと体験できない「人」の魅力を伝え、観光への切り口を開くパンフレットを完成されたそうです。

 

 第1回インタビューゲストの小説家・真山仁さんは、これからのアグリビジネスについて、必要とされるのは「消費者サイドの発想を持って商品を売れる人材」だとおっしゃっていましたが、吉岡さんはまさにそのような方です。

 しかし、社員はご自身一名の小企業として仕事を見つけ成果を出していくことは困難が多いように思われます。

 地域活性化と一言に言ってもどのような仕事をし、どのようにお金を回しているのか。

 今回、吉岡さんにお話を伺ってきました。

 
 

合同会社SOZO:事業内容

 

——まず、代表を務められている合同会社SOZOについてお聞きします。どのような事業をされているのでしょうか。

 

 今は地域の「こうしてください」「これに困っている」等の声に対応するなんでも屋になっていますが、ビジネスとしては、地域のモノを仕入れて売ることをしています。

 まちの人たちに「今日が楽しいな」「明日もきっと楽しいよね」と思ってもらえる地域活性化を目指して、地域商社になる事が会社のミッションです。

 

——具体的にはどのようなモノが事業の対象となるのでしょうか。

 

 地域活性化につながるものは何でもです。

 自分は農業を昔からやってきたので一番お役に立てますよということで農産物や加工品が多いですけれど、水産や林業の第一次産業はもちろん、観光まちづくり、人材等、対象は広いです。

 

——様々なお仕事があると思うのですが、各プロジェクトはどれくらいの期間で回っているのかお聞きしたいです。

 

 期間は、数ヶ月から数年まで地域によって異なります。

 年間予算を頂いて行う仕事と、短期で行う仕事があり、いつも複数のプロジェクトが同時に進行しているので、1年中バタバタしていることが多いです。

 

——それぞれのお仕事の年間予算はどこから出てくるのでしょうか。

 

 国や地方自治体はもちろん、産学連携で大学等の研究機関との共同事業もありますし、民間から予算をいただく場合もあります。

 農林水産省や中小企業庁のアドバイザーとして地域に派遣されることもあり、仕事の仕方は多様です。 

 

——そのように多様な仕事は、どのような経緯で依頼や契約をされるのでしょう。

 

 知人からの紹介が多いです。営業をすることはほとんどありません。

 同業者の方で、例えば行政相手の場合、全国47都道府県電話して自分ができることを話していく方もいると思いますが、私はそういう営業はやったことがなく、今はありがたいことに人のつながりを介して次の仕事をいただいております。

 ただ最初はそうやって仕事が自然発生することは無いですから、事業などが何もない状態の時から地域に通い詰め、地域の方々と一緒になり、何が課題でその課題をどうやってクリアーしていくかを話し合い、最終的にひとつの事業に育てていきます。

 事業が開始する前の関係作りや課題発見があって、それらを完了したタイミングで、やっと仕事という側面での関わりが始まります。

 

キャリアパスの今まで:旅行会社から個人事業主へ

 

——続いて、キャリアパスについてお聞きしたく思います。

 地域活性化のお仕事を始められたのは26歳の時とお聞きしました。それ以前は、何の仕事をされていたのでしょうか。

 

 私は新卒で旅行会社に入社しました。そこで障害者旅行を担当する部署に入りました。そこはとても小さな部署で、少数精鋭でした。そのため、新入社員研修に参加するよりも早く、配属された次の日から電話取りや様々な業務を経験でき、一ヶ月後には海外添乗にも出ました。

 この仕事の経験はバリバリ今の仕事に活きています。特に良かったのは、旅行会社の仕事の川上から川下までトータルで関われたことでした。入社して3ヶ月後には自分でツアー企画して実現してみろと任せてくれて、お金の計算から全てを実践で学ばせてもらいました。

 

——旅行会社の仕事を辞めて九十九里浜に移住したきっかけは何でしたか。

 

 それは先輩の誘いでした。学生の頃、私はずっとサークルで野菜を作っていたんですけれど、社会人になってからも休日は九十九里に通って週末農業をしていました。

 そうして働き始めて4年経った頃、お米の通信販売をしながら九十九里で農業NPOをやっていた昔からの先輩が、これから農業体験の受入れを強化したいのだけど、こっちに来ない?と…。今思えばとても軽い感じだったのですが(笑)、私を誘ってくれたんです。

 実はもともと、働いて5年経ったらサラリーマンを辞めて起業しようと考えていたので、少し早いけれど良いタイミングだなと思って、仕事はスッパリ辞めて九十九里に行きました。

 九十九里に移住した後は、その先輩のNPOの看板を借りて個人事業主として働いていました。先輩は初めから起業の思いを理解してくれていたので、雇い雇われの形は辞めましょうということで、そのNPOの団体名を借りて「○○の吉岡です」と名乗って仕事をもらって、自分で事業に取り組ませてもらっていました。

 ただ実際はいきなり仕事をとれる訳ではないので、先輩が申請した農林水産省の事業のマネージャーや、農業体験受け入れの担当を任せてくれ、だいぶ面倒を見てもらっていました。

 ただそういう形だったので、もちろん収入は変動的で、お金の面では大変でした。最初の収入があった時に思ったのは、えー!税金こんなに取られるんだ!保険払えないけど!って。それが26歳の時でした。

 こういう風にやってこうすればうまく行くんじゃないかと実感できたのは脱サラして7~8年経った頃、本当に最近です。

 

 ——新しいビジネスを軌道に乗せるまでの目安は3年とよく聞きます。

 なぜ8年間もの長い間困難な状況を諦めず続けられたのでしょうか。

 

 そこはとても人間臭いところで、意地だったと思います。周りと人間関係ができていたのでさじを投げるということができない部分がありました。

 同時に、自分個人も会社辞めているのに身を立てられないという理由で、またサラリーマンに戻るのは悔しい思いがありました。

 

 ——最初は個人事業主として働かれて、その後起業を実現されたのですね。

 会社を設立されたのはどのようなタイミングだったのでしょうか。

 

 個人事業主を3年して、4年目に会社を設立しました。

 それは、個人だと企業に契約結んでもらえなかったり、行政に委託してもらえなかったりという手続き上の問題が多いことに気づいたからでした。

 それが今から5年程前なのですが、当時社会起業家を作るというブームの走りで、内閣府がお金を出す社会雇用創造事業という事業があったんです。この事業を知ったのも会社設立を決心する良いきっかけだったと思います。

 

——会社になって仕事は変わりましたか。

 

 やりたい事も内容も、実際には大きな変化は無かったと思います。

 でかい会社を作りたいという意識は無いので、個人事業主と会社でやっていることにはあまり違いはありませんでした。

 

——なぜ合同会社という形を選ばれたのでしょうか。

 

 私が起業した頃はこの合同会社で設立する形も少しずつメジャーになってきていて、おもしろいなと思って。

 もともとこの合同会社(LLC)というのはアメリカから来たんですよね。株式会社では利益は株の比率に応じて分配されますが、合同会社は、例えば資本100%出していたとしても、あなたはお金を出しただけで何も事業に参画していないから利益の分配は10%ね、という配分でも決議が通ればそれで良い。

 これは極端な例ですが、そうするとお金は出していなくても一生懸命働いている人が利益を享受できる仕組みをつくることができるのです。

 その考え方がおもしろいなと思って合同会社にしました。